2015年9月30日水曜日

沖縄戦

おはようございます。
今日は長らく封印してきた「私の思う沖縄戦の今」を開示したいと思います。

はじめに
沖縄県の戦争教育は、毎年幾度も行われ、濃密です。
30代の私の世代では多くの戦争体験者から直接話を聞く事が
出来ました。今後はそういった事も体験者の高年齢化により少なくなってくる事を危惧
していますが、果たして。果たして彼等が語ってくれた事が今の日本のより良い未来
を作る事に活かされているのかどうか。私は一番この事に危惧しています。

戦争というものは大局的に捉えると国どうしのエゴのぶつかり合いだという。
または土地や資源、工業製品の消費と生産などさまざまな理由で殺し合うし、
民族同士の仲の悪さなど、そういったものにもっともらしい理由を付け、
正義化するものの、エゴは多分に含まれているのではないかと思う。


あの戦争はこの国の・・・とかアメリカの・・・とかプロパガンダだ・・・とか
そういった大局的な意見が、今現在の日本において(戦争を知らない世代で)
とても多く非常に議論されている様に感じる。
アメリカが悪い、ドイツが悪い、日本が悪い、日本は確かに悪さをしたがあちらの方が
もっと悪い、つーか日本は悪さは全くやってない等々に加え、

もう、何を根拠に、またそれを話してどうしたいのか判らない議論の数々が横行している。

戦勝国だから、事実はいか様にでも曲げられるとか、敗戦国だからどうのこうのとか、
正直、戦争体験談をどういう風に受け止めてるのか理解に苦しむ。

その様な戦争状態を防ぐ為にどうするべきか。体験者の話の中には学ぶべきことが
多い。


多くの沖縄戦体験談に多いのが日本軍による県民の殺害だ。これに関しては
紛れも無い事実だ。目撃談や体験談、軍側からの報告も多数に上っている。
本州のテレビ・報道で一度も聞いた事が無いのが不思議だ。
当時は部落差別が濃く、沖縄出身者はかなり冷遇されていたみたい。
今でも局所的に残っているかもしれない。
当然だとは思うのだが、日本軍や本州からの派遣勤務者の中にはとてつもなく素晴らしい
人物も多い様だ。まさしく住民を守り、死んでいった。目撃者も多く、事実だろう。

もう一つ。米軍側。素晴らしい人道的な非戦闘員の救護とは別に、
当然戦争犯罪も多発した。それも事実だろう。なぜそれが報道されないかも不満だ。

また、沖縄戦当時退役して避難中の元日本軍の沖縄県民は、南京大虐殺を経験た事
から、米捕虜になるのを恐れたという事も有ったらしい。

アジアの近隣諸国に対して行った日本軍の犯罪も多いだろう。その中に沖縄県民も
当然いた。だからやった人は悪者でもあるのだ。

情報は多い。だが、自分の理想を持ち、理想に都合が良い様に歴史を解釈するのは
大間違いだ。

さて、体験談の内容はどれも地獄。地獄を超えた生き地獄。仲良しの同級生の女子グループの
ウジに食われている途中の死体の山を泣いて謝りながら踏んでこえて歩き、
道は死体と艦砲のクレーターだらけ。ガマの中では家族がナタで切り合って自決、
あちらの小山では学校の憧れだった青年会の学校の先輩たちが自決しあったんだ。

戦争ちゅうのは心が痛い。エゴなんかでこんな目に会いたくない。
戦場に英雄なんていないとはよく言ったものです。
体験談を聞くときは、その人になったつもりで情景を浮かべる想像力が必要です。
死体の山や首を切る人の顔を、自分の家族や愛する人にして聞くといいでしょう。



0 件のコメント:

コメントを投稿